ドラゴンコンサルティングをお薦めします!  伊藤稔氏

■ドラゴンコンサルティング 利用者に聞く 
  伊藤稔氏(チェーンストアコンサルタント)

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レイブンコンサルティング 伊藤稔氏に、経営コンサルタントとして独立し、 顧客を獲得するまでのお話を詳しく聞きました。


 

(伊藤稔(いとうみのる)氏について)
 東京都渋谷区生まれの56歳。スーパーの店長になりたいと思い1982年、チェーンストア大手「西友」に入社。以後31年間、勤務した後、2013年に54歳でコンサルタントとして独立。現在は、年商 数十億~数百億のスーパー、アパレル、ホームセンターを顧問先に持つ。チェーンストア経営の現場から財務まで全てを知り抜いたコンサルティングは他の追随を許さず、「今、ブレーク中のコンサルタント」の一人。

 

■ 「個店力最大化 ®」コンサルティングを提供

 

i2― 伊藤さんはどんなコンサルティングを提供しているのですか。

 私はチェーンストア向け経営コンサルティングを提供しています。ここでのチェーンストアとは「本部があって、それが複数の店舗を統括している業態」とお考えください。現在の顧問先は数十億~数百億のスーパーマーケット、アパレル、ホームセンターなどです。

 コンサルティングの基軸にしているのは「個店力最大化®」というコンセプトで、これはチェーンストアの現場店舗が、自分で考え、動き、その結果を自力で検証、修正していくことで、店舗が本来持つポテンシャルを最大限に発揮し、その結果、「お客様に選ばれる店」となって継続的に利益を生み出す仕組みづくりを提供しています。

※個店力最大化 は、伊藤氏のレイブンコンサルティング社の登録商標です。

 

■ 31年間、チェーンストア大手「西友」で勤務

 

― コンサルタントとして独立する前の伊藤さんは、どんな会社員生活を送っていたのですか。

私は大卒で就職してから独立するまでの31年間を、チェーンストア大手「西友」に勤務して過ごしました。

西友に入社したのは、もともと高校生の頃から、スーパーの店長となって地域密着の仕事をしたいと思っていたからです。私が入社した1982年当時は、糸井重里のキャッチコピー『おいしい生活』に代表されるような「西武グループ全体が最も輝いていた時期」でした。

同期入社した同僚は、エリートコースである本部勤務を希望していましたが、わたしは現場の方が好きで、とにかく店長になりたいと思っていました。念願かなって東京郊外店の店長となれたのは勤続17年目、40歳のときです。

しかし、その頃の西友はバブル時代の無茶な不動産投資がたたって、会社の資金繰りは相当に厳しくなっていました。その後、西友は米ウオルマートと提携し、2007年には完全子会社化され、名実共に「外資系」となりました。

買収されてから知ったのですが、ウォルマートは年商50兆円の「世界で最も大きい企業」でした。トヨタの年商が27兆円なので、その巨大さは突出しています。そこに買収されたとあれば、世界最高の小売りノウハウが吸収できるわけで、私は、「これはチャンスだ!」と思いました。

 

■ 現場店舗部門のトップに就任

 

― ウォルマート流の店舗運営方針はどのようなものだったのでしょうか。

日本のチェーンストアは「本部主導型」、つまり店舗は本部の言いなりになる、具体的な施策まで本部が細かく管理するというところが多いのですが、実はウォルマートはそれとは反対で、「情報は出す、細かい口出しはしない」「店舗は自分で考え、自力で売上げ目標を達成する」というものでした。

まず、ITデータ量には圧倒されました。毎週、本社から、商品や顧客動向を解析した恐ろしいまでに有用なレポートが送られてくるのです。本社いわく「ウォルマートのITデータ量は世界第二位。ちなみに第一位はペンタゴン(米国防総省)」とのことでした。毎週、レポートを食い入るように読み込みました。

もちろん予算は恐ろしく厳しく、目標は必達を求められました。しかし予算達成の手法に口出しはない。現場運営の方針については世界各国、各店舗に権限が大幅に委譲されていました。現在、私が掲げる「個店力最大化」というコンセプトは、この時の経験を元に作り上げたものです。

その後、私は47歳のときには、全国370店を統括する「店舗統括」という役職に就きました。職位としては執行役員の一つ手前で、要するに「現場部門のトップ」、私にとってはこの上なくやり甲斐のあるポジションです。それからは死にもの狂いで働きましたが、残念ながらその仕事は2年半しか続けられませんでした。

 

■ 病に倒れ、3カ月入院

 

― なぜ続けられなくなったのですか。

体を壊してしまったからです。ある日の会議で、目の前のコーヒーカップを持とうと思うのに、なぜかできない。あれヘンだなと思いながら試行錯誤していると、それを見ていた同僚が「おまえ絶対おかしい、すぐ救急車!」と言って、そのまま病院送りになりました。診断結果は脳梗塞でしたが、幸いにも早期発見で40分で病院に搬送されたため、後遺症もなく全快しました。

当時は1日の睡眠時間が2時間という激務で、仕事は楽しかったものの、一方で社内政治や足の引っ張り合いの中に翻弄されていました。精神的には平気でも、そういう生活を2年以上続けると、体が悲鳴をあげるわけです。

結局3カ月、休まざるをえなくなりました。しかし、このとき入院中のベッドの中で、「知的生産を活かす仕事がしたい」という気持ちに移り変わっていったのです。

 

■ コンサルタントを目指した理由

 

― なぜコンサルタントになりたいと思ったのですか。

「自分ならできるはずだ」と思ったことがまずあります。

店舗統括の仕事をしていたとき、米本社から「外部のコンサルティングを受けなさい」と指示があり、某有名企業のコンサルティングを何度も受けましたが、そのとき正直思ったのは「そこには何一つノウハウはなく、自分のノウハウ持っていかれてしまうだけ」ということでした。

彼らは知的生産力は優秀ですが、しかし経験に裏打ちされた店舗経営ノウハウを持っているわけではありません。その部分は、むしろこちらが持ち出しで彼らに教えている格好でした。彼らが、ここで得たノウハウを使って他店にコンサルするんだろうなと思うと、正直気分いいものではありません。であれば自分がコンサルタントとなって、世の中で悩まれている経営者に、直接伝えた方がいいんじゃないかと思ったわけです。

とはいえ、その頃はコンサルタントもいいなと漠然と思っていただけでした。しかし職場復帰後の経験を通じて、コンサルタントへの漠然とした思いは、必ずなるという決心に変わっていきました。

 

■ 生涯、仕事を続けたい

 

― どんな経験をしたのですか。

復帰後は、店舗統括ではなく業務効率化を推進する部門のトップに就任しました。業務効率化のトップというのは、端的にいえば「リストラ隊長」です。業務を効率化させる、すると人が余る、外資系の管理体制下では余った人は辞めるか転属するしかありません。私の役目は転属を希望した人たちに無理矢理、仕事を作ることでした。

そうした部門には、やはり年配の社員が多いわけですが、その姿を見ていると、いやでも「自分の将来」について考えさせられます。当時私は50歳、このまま60歳まで勤めたとして、定年退職するか、あるいは「嘱託」として残り続けるか、どちらにしても役職も仕事も両方が無くなります。

わたしは入社以来200パーセントの仕事人間だったので、あと数年で生きがいである仕事がなくなることが不安でした。仕事を続けたいのなら、もはや自力で起業するしかない。そう腹を決めて、会社を辞めることにしたんです。

 

■ 「独自コンテンツ」を模索

 

i3― 辞めたときはコンサルタントとして自活していく見通しは立っていたのですか。

いえ、全然 (笑)

何とかなるさと思って、とにかく辞めただけで、2カ月ほどは、読書したりセミナーに参加したりしました。そういえばスピリチュアル系のセミナーにも行ったなあ。疲れてたんですね、やっぱり。内容的には得るものはなかったですが…。

そのうち「コンサルティングメニュー」の必要性を感じるようになりました。「経営者に言われたことにハイやりますと応えるだけならサラリーマンと一緒だ。コンサルタントたる者、独自のコンテンツがないとダメだ」と思ったのです。

そんなとき出会ったのが、「コンサルタントのための“キラーコンテンツ”で稼ぐ法」でした。そのものズバリの書名だったのです。衝撃だったのは、第二章の四象限図で、そこでは「研修講師とコンサルタントは、一見よく似ているが、実は仕事の内容も収入も全く違う」ということが、説得力ある根拠と共に書いてありました。これだ!探していたものは!と思い、ただちに五藤さんのセミナーを受講し、その日のうちにグループコンサルティングに申し込みました。

でもグループコンサルティングでは、初日から私の構想には「ダメだし」の連続でした。

 

■ 見通しの甘さを知らされる

 

― どんなダメ出しがあったのですか。

私としては自分のコンサルティングの基軸は「コストダウン」かなと思っていました。チェーンストアの経営者の関心事はコストダウンだろう、そのテーマなら経験に基づいたノウハウが多くある、自分の持ち味が生かせるはずだと思ったのです。

しかし五藤さんからは「コストダウンのテーマではダメです」とバッサリ斬られてしまいました(※)。その後、アドバイスを受けながら、自分の特長、強みをひとつひとつ整理していき、「個店力最大化」という現在のコンセプトが完成したのです。

そして、自らセミナーを企画し自力で集客するという活動を始め、拙いながらも自分の足で歩き始めました。その矢先、ヘッドハンティング会社から、何とも悩ましいオファーが来たのです。

 

■ 悩ましかったヘッドハンティングオファー

 

i1― どんなオファーだったのですか

年商1000億のスーパーの常務になってほしい。年収は1700万円」というオファーでした。当時は少し集客できてきたとはいえ、まだまだ先が見えない状況だったのです。子供も大学生でお金がかかる時期ですし、妻にも収入的に安心させてあげたいし…。正直なところグラついたのですが、しかし悩みに悩んだ末、断りました。

自分は生涯の仕事を一つの企業だけでなく、世の中を変えるために、自主独立してコンサルタントになる道を選んだのです。ここで戻るのなら、何も会社員を辞める必要はなかったわけです。初志貫徹!と思い切りました。とはいえ断った帰り道には居酒屋を数軒ハシゴし、重い足取りで帰宅しました。

このとき、五藤さんから、「神サマが試したんですよ、イトウさんのことを…」と言われました。本当に不思議なことに、その直後から、自分の手でクライアントを次々と決めることができたのです。本当にうれしかったです。

さらに半年後、今度は「500億規模のスーパーの社長に就任してほしい。年収は最低2000万円」というオファーが来ました。本当に不思議ですよね。もう一度? 自分を試すかのようにオファーが来るんですよ。

しかし、その時は、もうクライアント先をもって活動していましたし、そもそも自分は一つの組織に閉じこもるのではなくコンサルタントして経営者と直接話すことで、より多くの企業に、ひいては社会に影響を与えていきたい、その思いに揺るぎはなくなっていたので、何の迷いもなくお断り申し上げました。

まだまだ道半ばですが、顧問先では個店力最大化コンサルティングを通じて、手応えある成果が上がってきています。自分はコンサルタントとして社会に貢献していける、これは何事にも変えがたい充実した日々であり、今はそんな確信が日々、強まっています。

 

■ ドラゴン社活用のアドバイス

 

― 現在、コンサルタントを志している50代の読者に向けて「先輩ユーザーからのアドバイス」などあればお聞かせください。

ひとかどの会社員として20年以上勤めた人、そして実績を残した人には、「その人ならではの何か」が必ずあります。その何かを定年退職と同時に埋もれさせるのはいかにももったいない。自分のライフプランを見据えて、その「何か」を活かす道を考えられれば、後半の人生がきっと楽しくなります。

ただし、その「何か」に気づくこと、それを他人に伝わるよう体系化するのは、自分一人で行うことは想像以上に難しいことです。ドラゴンコンサルティングは、その難しいことを手伝ってくれるので、できればセミナーに行くのが良いですが、まずは著作を読みこむところから始めればいいと思います。

 

■ 五藤よりひとこと

g2起業するなら20代~30代の若いうちがよいとと良くいわれますが、実はコンサルタント業においては、50代起業はベストタイミングの一つです。

社長の教祖と称された一倉定さんはじめ、1億円プレーヤーとなった白川博司さんなど、一流コンサルタントの方々の多くは、実は50代で起業しています。

なぜ50代が良いのか。それはコンサルタントとして経営者と対等に渡り合うには、まず会社員として組織の中で実績を上げ、独自のノウハウを得る必要があるからです。

ということは、職位も上がり、仕事の脂が乗りきっている時期である50代で独立するのがよい。周囲から「今辞めたらもったいないじゃないか」「定年まであと少しじゃないか」と惜しまれるのは、大きなメリットなのです。

ちなみに似て非なるタイミングが「60代、定年退職後」です。私のところにも「定年になったので、コンサルティングでもやろうかと思うのですが」という相談がよく来ますが、「コンサルティング【でも】」という言葉に象徴される、そのぬるさ、覚悟のなさを、経営者は敏感に見抜きます。タイミングとしては似ているようで、実は大きな違いがあることは知っておいてください。

 

■ 五藤よりひとこと(2)

多くの人が勘違いしていることですが、「コストダウン」というのはコンサルタントのキラーコンテンツにはなりえません。特に一流コンサルタントを目指すなら、特に注意が必要です。

まず専門コンサルタントを活用する経営者は、基本的に成長志向であり、「1000万円コストを下げるから私に500万円ください」といった話に本質的な興味を持ちません。仮にその条件で受注したとしても、1年目は1000万下げた、その後2年目、3年目はどうするのかということにもなり、ビジネスの継続性にも問題があります。

苦境にある会社では、最初の処置としてのコストダウンは確かに必要でしょう。しかし、それは「ほんの入り口」「止血レベル」の話であり、コンサルタントたるもの、その後の成長戦略を経営者に提示できなければいけません。

コストダウンは重要ですが、私の考えでは、それは「部長レベルの仕事」であり、経営者と向かい合うことで会社全体を変えるためのコンサルタントの軸足にはなりえません。

 

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 ※取材制作 カスタマワイズ